【 悠々、閑々。】気ままな猫が教えてくれること
鴨川沿い、花びらがひらひらと
やわらかな風にさらわれていく。
瞬く間に見頃を迎えた桜の季節、
京都の街は多くの観光客で賑わっていました。
そういえば今年は、毎年あんなに
楽しみにしていたお花見に行っていない。
淡くピンク色に染まった足元を見て、
きれいだなぁと思いつつも
ふと大事なものを見過ごしてしまった気がして
ほんのすこし寂しさが込み上げてきます。
この時期は浮足立つ気持ちの反面、
いつもより肩に力が入ることもあったりして。
やるべきこと、やりたいこと、
それでも追いつかないこと。
頭の中がいっぱいで、
せかせかと動き回っているうちに
ほがらかな春が通り過ぎてしまうよう...
そんな気鬱を知ってか知らぬか
ある日、母から連絡がありました。
「週末、しまちゃんにごはんあげに帰ってきて~」
このエッセイでも何度か登場していますが
「しまちゃん」というのは、実家にいる猫のこと。
両親とも家を留守にする日は
いつも決まってわたしがごはん当番です。
帰って玄関を開けると
わんこ顔負けの出迎えをしてくれて、
食事もお風呂もそばで見守ってくれる。
(母は彼女をストーカーと呼びます。笑)
仕事で疲れていても多少予定に無理をしてでも
かわいいしまに会いたくって、
わたしはひょいっと電車に飛び乗ってしまう。
寝たいときに寝たい場所で寝て、
遊びたいときには猛スピードで走り回って
どこかに隠れてわたしを脅かしたり。
かと思えば、急に気が乗らなくなって
ただただ外を眺めていたりして。
そんな何にも囚われない自由気ままな姿を見ていると
「なんで悩んでたんだっけ?」と
頭の中のぐるぐるがほどけて、
心がふわっと軽くなっていくんです。
しまと過ごして取り戻すのは、
「これからどうしよう」という未来ではなくて
ただ「いまを感じる」という気持ち。
「ごはんが美味しい」とか「空の色がきれいだなぁ」とか
そういう些細なことを単純に味わうということ。
(帰ってきた母と、ひさしぶりに外で朝食を食べました。)
未来を考えて実行するのは
すごく大切だけど、すごくパワーがいる。
だから、しんどい時は思考をやめて休んだっていいんだ。
そう思わせてくれる、猫のふしぎな魅力。
大げさかもしれませんが、しまから教わった気の持ちようが
わたしの人生を豊かにしてくれている気がします。
桜の季節が過ぎて、いつの間にかあちこちで
青々とした新芽が芽吹いていることに気づく。
やるべきことと、やりたいこと。
ぎゅうぎゅうに詰まっている毎日だけど。
たまには猫のように、ただただ
いまを感じて過ごしてみよう。
ゆったりと、肩の力を抜いて。